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3月半ば。入試や卒業式を終え、次のステージに進む前の一区切りとして髪を切ったり、カラーリングをしたりするのにご来店される方が多く、美容室は1年の中で2番目に忙しいシーズンだ。今年は特に大学入学前の初カラーをしに来られる若いゲストが多く見られる。偉いなあと思う。ちゃんと美容室に染めにくるのだなあ。緊張した面持ちでご来店され、帰りには明るくなった髪にウキウキとソワソワを全身で発しながら出て行かれる姿を見ると、今まで何百人何千人?のお客さんの髪を染めている私たちでも、なんだか初心に帰ったような、照れ臭い気持ちになる。美容室の仕事ならではの達成感。幸福感。嬉しそうにしてくれてありがとう、もっと上手くなるね。と、こちらも気持ちを新たにする。私たちの仕事はこういうものだ。自分の手で「創り出したもの」を受けとった相手の表情を目の前で見て、どうだったかの結果をその場で受け取る。FaceToFaceのやりとり。これからの時代においては、価値と難易度が高くなりそうな仕事ではないかと思う。






私自身は便利なもの、効率的なものが大好きだ。Appleも好きだし、Amazonプライム会員だし、Paypayも使った。SNSは網羅しているし、スマホを切らない日は無い。テレビは見ないけどツイッターやLINEニュースで錦戸くんがNEWSを脱退することも知った。 私が初めてネットに触れたのは中学生のときで、友人にやり方を聞きながら独学でホームページも作っていた。こんなことしていた中学生女子は周りにいなかったが、現実の世界とは別に私はネットの世界で友人を作ることにも成功した。「出会い系サイト」という言葉はその少し後に世の中に出回った。
今やほとんどの人がネットで繋がらない日なんて無い。これから先もずっと無いだろうと思う。昔はパソコンでさえダイヤルを回さなければ繋がらなかったが、今やwifiが勝手に探して繋げてくれる。きっともう全ての人が(通信障害や災害を除いて)繋がらなくなる日なんてこないのだろう。画面を覗けば、だれかの日常を垣間見ることが出来る。そしていいねを送って同じ時を過ごす。






非効率的に生きよう





効率的で洗練されていて無駄がない仕組み・環境と、いつどんな時でも誰かと繋がる簡単なコミュニケーション。なんて素晴らしい世の中になったのだろう。テクノロジーは今も日進月歩で、ついに映像を見たら匂いまでするようになる。どこでもドアが現実になる日はそんなに遠くないかもしれない。すげえ。やべえ。こうなってくると本当に何もしなくて良くなる。先日ご来店のお客様は理学療法の学校に行っていたらしいが、そのうち理学療法士は無くなる職業だそうだ。ほとんどがお医者さんに集約されると。本当に人間が行うことが減る。仕事が減るというのはどういうことか?人間同士の関わりも減るということだ。レジのチェッカーさんは既にいなくなってきているし、コンビニも無人化していくだろう。私は思う。これから価値が高くなるのはモノやお金ではないな、、、人間と人間の繋がりだな、、、だって繋がるところがネットしかないんだもん!でもネットで人肌には触れられない。顔が見えない相手と罵り合ったところでそこに愛は生まれない。陰湿な感情を抱えて画面覗き込んで性格悪くなるだけだ。相手の顔みて心境を想像して、ツライ思い抱えながらもぶつかり合うことでしか得られない「何か」がとても貴重になるということだ。めんどくさい、しんどい、たまに泣く、、、そんな生き方を非効率的生き方と呼ぼう。そんな生き方が希少価値となるだろう。いや、もうなってるか。そして私はそんな生き方を選んでいきたいと思っている。回り道でも、すぐに形にならなくても、失敗こいても、うへ〜もうダメかもしんね〜死ぬかも〜!!とかなっても、その中でしか触れ合えない何かが尊いと思うのだ(たぶん)、、、、



だって美容師って、誰かの髪に触れて、言葉を交わして、魔法をかけることが出来る仕事だ。
無駄の無い日常の中ではきっと魔法は生まれない。(たぶん)





書いては保存し、最後まで書き切っていない文章がいくつもある。書こう書こうと思うほど、何から書いていいのかわからなくなり、途中で自分自身が迷子になってしまう。だが、日々の中で感じる沢山の感情や溢れてくる思いはとめどなく、自分自身の中だけに留めておくには私の中にある感情タンクは容量が少なすぎてやはり何らかの形で外に溢れでてしまう。インスタやツイッターやブログや何やらかんやらを通して。
自分の考えていることや想いを外に出し表現するということは私にとってとても当たり前の日課のようなものだった。それは幼い頃はお絵かき。そこにストーリーが組み込まれ、小学生の頃になると将来の夢は漫画家だった。自分で思った通りにシナリオをイメージし、キャラクターを作る。一人っ子の私の遊び相手は漫画と新聞に挟まっている広告(裏に印刷が無いもの)とボールペンと筆ペンだった。小学校の高学年になると仲の良いお友達とお小遣いを出し合い、漫画家が使うトーンと専用の用紙を買った。トーンの貼り方もイマイチよくわからなかったし、専用の紙に書いたところで印刷の仕方も分からなかったので仲良し漫画家チームは自然消滅した。ちょうどその頃に安室奈美恵が一斉を風靡し、私も例に漏れず、安室ちゃんにハマってしまい、安室ちゃんに何とかして近づきたいという思い半分、漫画を書いていた時に髪型を書くことが好きだったことが半分の理由で将来の夢を美容師に方向転換した。
そしてなんだかんだで美容師歴はいよいよ17年目になる。




美容師と漫画家にも共通点がある。自分の描くものを具現化することだ。頭の中で描いたイメージは漫画ではイラストになり、美容師では立体のヘアスタイルになる。イメージし、デザインし、クリエイトする。この過程を心底楽しめるタイプの人間はちょっと、いやかなり主張が強い。そして私はそういう人間がとても好きだ。イメージし、デザインし、クリエイトする。流れはとても単純だがやればいいという話ではない。その一連の流れは「生み出す」作業に「命をかける」ことと一緒だ。その作業に全身全霊で臨めるタイプの人間はごく僅かで、しかもとても魅力的な人が多い。一流のデザイナーや職人がカッコイイのはその仕事に命をかけているからだ。彼らにとって生み出したものは自分の一部であり、命が吹き込まれたものだ。だから生み出す一連の流れにものすごくこだわりを持つ人が多いのだと思う。だが、その「生み出されたもの」に対してこだわりを持っているかというとそれは違うかもしれない。あくまでそれは結果であって、次のものが生まれる時にはそれはもうすでに過去のものになる。過去は参考資料にはなるが未来は作らない。常に「今の選択」が「未来」なのだ。










命を使いきりたい


沢山の想いが書きかけの文章の中で生きている。言葉は上手くまとまらず、結論を出すことも出来ないがそこに宿る熱量は心の中でずっと呼吸している。根底に共通しているものだけでもここに書き散らしたい。この世に生まれ、いただいた命を使いきりたい、ということ。命を使い切るというのはどういうことか。そこに社会的な評価制度は設けたくないが、 あくまで心の中の基準として持っていたいのは「自分の心に素直であること、それと行動を一致させる」こと。好きなものは好きと言い、嫌いなものは嫌いと言い、他人の基準で自分の人生を計ろうとしないこと。自分の心に素直になって己の幸せの定義を見つけることできっと他人の幸せも尊重出来る。自分を大切に出来る人は同じように他人も大切に出来る。自己犠牲の精神などまったくもって必要ない。誰かが自分のために我慢して自分を幸せにしてくれようとしている、などと知って誰が感謝など出来るだろうか。いえいえ、あなたの人生はあなたのものなのだからあなたのために使ってください。もしそこで一緒に楽しめることがあるなら、お互い協力しましょう。そうして限りある人生を活かし合いながら生きましょう。自分が我慢すれば、なんて考えはいただいた命に対して失礼だ。だけど人間だからそんなに潔くスパー!スパー!と片付けられることもなかなか難しいのはわかっている。私がそうだから。だからこそ葛藤する。でもここに書き出すことによって、私は今の自分の立ち位置を確認出来る。スパー!と生きたいんだな。。そうかそうか。。よし、そんな人間になれるように命かけて生きてみっか。







それでは、また。


今日は大阪難波の大好きな場所、スタンダードブックストアでブログを書いている。ここには10年位通っていると思うのだけど、いつ来ても静かで適度に話し声や洗い物をする音が聴こえて、オープンスペースだけど各々プライバシーを守っている感じがとても気に入っている。私の大好きな文房具やいつ売れるのだ?一体誰が手に取るのだ?というジャンルのマニアックな本が置いてあったり、ちょっとゴチャゴチャしている感じも良い。地元から外に出てくると思うのだけど、自分のことを放っておいてくれる空間というのは妙に落ち着く。私が何をしようがどんな格好であろうが誰も気にしない。それぞれがそれぞれのペースで人生を進めていて、たまたまここに居合わせただけ。だけどこんなに沢山のお店がある中で、わざわざ駅から歩いて、この地下の目立たないカフェを選んでくるところを考えると、ばらばらの人生を歩んでいるけど、どこか見えないところで何か共通のものを求めていたりするのかな、と深読み五所尾は考えてしまう。右斜め前の彼女は茶色い髪を綺麗に巻いて、発色の良いリップをつけてファッション誌を読んでいる。私と同じ人類科の種族とは到底思えないけど、それでも何か共通のものがあるのかな。とか。







ここに来たのには理由がある。フラッと立ち寄ったわけでは無い。フラッと立ち寄るために大阪ー奈良の往復交通費をかけてアジア人がごった返している都会にわざわざこない。10年位通っている、と書いたが10年位前はここにファッションやトレンドのインプットをしに来ていた。20代半ばの頃の私はスタイリストになったばかりで、自分を認めてもらうために売上を上げなければいけなかった。そのためにはファッションの勉強をしなければならなかったし、自分も毎月新しい服で着飾らなければならなかった。10年前の難波は梅田よりまだトレンドポイントとして優勢だったし、当時の私にとって難波で色々なアパレルショップを見て、疲れた体をスタンダードブックストアのカフェスペースで癒しながらファッション誌を見る、というのが【イケてる美容師の休日】の過ごし方のひとつだった。つまり10年経っても私がここにくる理由は【イケてる美容師の休日】をもう一度してみることだ。心斎橋筋をブラブラ歩き、アパレルショップに入って物色もした。カメラと友達になるために肩からぶら下げたデジタル一眼レフの重さに何度も持ってきたことを後悔した。待ちブラには重い。(せっかく持ってきたから道頓堀で撮ったけど) 





【イケてる美容師の休日】をなぞった理由は【今現在の自分】から離れるためだ。難波に出てくることも今はほとんど無くなった。新しい服を買うのもネットで買えるし、ファッションだってインスタで勉強できる。ヘアスタイルだってなんだってネットで調べれば教えてくれるのだから、現地に行く必要性はない。遠くにあるものがすぐに手に入る世界で、むしろ自分の世界はドンドン狭くなっていくのを感じているのは私だけだろうか。電車で時間をかけて難波に来たし、寒いし荷物は重いし、外国人ばっかりだし、【必要性】で考えればきっと要らないことばかりなのかもしれない。でもふとした瞬間に感じる心の動きだったり、今見上げた光の感じが美しかったり、その刹那に感じる手に取れないし形に出来ないようなことたちを私はきっと求めていたのだ。体も意識しないと動かせないように、心だって意識しないと感じないし動かなくなってしまうんじゃないの?自分の内側からエネルギーを発して、命を生き尽くすにはきっとそういった心の運動が必要なんだ。多分。
しかも心の運動にはたっぷりの時間がいる。筋肉みたいに【コレ、15回×3セット!!】で終わったらプロテイン飲んで、続けたら筋肉付くって問題ではない。自分の心が動いているのを感じて、それに浸って味わう時間。その味を誰かと共有したり、教えたい!って外に出ていくまでには熟成させる時間がかかる。そんな時間が今を生きる私達にはものすごく必要なように思うんですよ。(なぜ敬語)











見つめていたい


10年前にこの場所に通っていた時、私は【一人前の美容師になりたい】と思って勉強を続けていた。毎週のように講習に通い、ファッション誌を眺め、帰り道でモデルハントをする。当時はそれを苦しいと感じた時もあったし、でも、その中でしか得られなかった学びも沢山あった。結果、今ではよかった、と思っている。そう、苦しいことも過ぎてみれば割と楽観的に見れたりするものだと思う。いやあ〜しんどかったよ!休みなんて無かったからねえ!よく倒れなかったもんだ!って。その根底にあるのは【一生懸命やった】っていう気持ち。どんなに休みがなかろうが、お給料が安かろうが、自分の【こうありたい】に忠実に生きていたのが良かったのだと思う。だってモデルハントも講習も行けって言われたんじゃ無かったし、行ってない人もいたんだよね。それでもそれをやろうと思ったのは自分で、それでしんどい思いしたのも自分で、結果良かった、って評価したのも自分。この文章を読む人は【全部自己責任ってことか、、ツラ、、】と思ったりするんだろうか。そう思うのも自分だし、自由なんだと思う。つまり「どんな選択をしても自分」ってことで受け入れる。間違いなくこれは間違いないな、と思うのは待っていても誰も自分を幸せになどしてくれない、ということ。これはまぁまず、間違いない。親だって無理、子供だって無理、まして他人である友達や職場の人間が自分のことを幸せにしてくれる、なんていう幻想を無意識に願っている可能性があるなと思う方は今すぐに目を覚ましなはれ!はい、おはよう!!



自分はどんな選択をしたいのか、自分の幸せと感じ るポイントはどこなのか、つらいことに出会った時にどんな対処をするのか、、、その自分の「ありかた」を見つめて生きていきたいし、もし誰かがこういった考えに共感してくれたら五所尾仁美はとても嬉しいなあと思う。どうぞ仲良くしてください。









一緒にいこうよ、楽しいから。

仁美
今週の月曜日は私にとって16回目の成人式のお手伝いだった。18歳で美容の世界に入り、19歳で初めて成人式で新成人のお客さんのメイクをした。自分自身の成人式の日も私は現場に立っていて、友人のメイクを担当して、成人式へと送り出した。あの時自分がメイクをして送り出した友人の笑顔を今でも覚えている。幼い頃から知っている友人の華やかな姿はとても素敵だった。そして美容師の仕事は本当に素晴らしいものだと19歳にして思っていた。自分の選んだ道は素晴らしい。




16回目でも現場で感じることは同じだ。回数を重ねるごとに【やべえ、寝坊できねえ!】という切迫感は薄れ【し、失敗したらどうしよう!】という恐怖もほぼ無いけれど、【ああ、美容師は人を幸せにすることが出来る仕事なんだなあ、自分はあの子の一生に一度の成人式に携わって喜んでもらったのだなあ】と実感する。毎日毎日沢山のお客さんに【ありがとう】を頂いているけれど、成人式に関してはお客さん自身の《人生で一度きりの大人の儀式》という思い入れが強く、高校生の頃から髪の毛を伸ばしていたり2年前から予約したりと親子さん共々準備をする。その過程も含めて【成人式】なのだ。その背景を知りながら、当日、笑顔でお迎えに来られたお母さんの姿やいつもより大人びた様子の娘さんに荷物をお渡しするときにも【ああ、良かったなあ】と本当にめでたく嬉しい気持ちになる。そして自分の手が指が技術が目の前の人々を喜ばせる一端を担っているのだ!と思うと、【あー、もうそんだけ喜んでもらえたらお金はいらないです!!もうこっちがありがとう!!】と言ってしまいたくなる。(悲しいかなお代は頂かないといけない) なので成人式営業というのは終わった後、新成人の方々と同じくらい私をとても清々しい表情にしてくれる。今日という日まで色んなことがあってそれが一区切りついたような、新たなスタートを切ったような。



1948年に交付、施行された祝日法で【おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝い励ます】趣旨のもと成人の日を制定したらしい。成人式は自治体ごとのお祝いの式典。そっか、なるほどな。【みずから生きぬこうとする青年】とはとても私好みの良いフレーズですこと。私、五所尾仁美にとって人生は冒険でクリエイトするもの。常に新鮮で未知に溢れていて、ちょっとしたサバイバル感があるもの。生きぬくという言葉はとても良い響き。意志を感じられる。自分で選び、自分で前に進めていくもの。自分で選んだことだもの、困難だって引き受けよう。だって自分で選んだ積み重ね=自分の人生なのだから。どんなことも(良いこともそうじゃないことも引っくるめて)、自分で選んだものなのだから。そう考えると大人になるって本当にワクワクすることだなあ。





おとなになるってどういうこと




大人になる。あの人は大人じゃない。あの人は大人だ。色んなところで聞かれる言葉だけど【おとなになる】とはどういうことなのだろう。妥協をしだすと大人?感情的にならないのが大人?無邪気さが無くなるのが大人?どんなときも冷静にしていられるのが大人?あなたは大人ですか?大人になりたいですか?それはカッコいいのですか?またはカッコよくないのでしょうか?きっと答えなんか無いし大人の正解なんてものも無いのだと思う。10人人間がいたら10通りの生き方があって、その周りの大人はさらに10通りあるだろうし、どんな大人もその人が思う大人を生きているだろうし、それはそれで良いのだと思う。私が魅力的に思うおとなは「おとなっぽくないおとな」が多い。あまり堅い雰囲気は苦手だしクールに装うのも憧れはするけど、きっと向いていない。なんかおもしろいこと言ってやろうとか思ってしまう。だから結構な人生の先輩レベルの方でもピュアな感じが漂っている人とか、子供みたいに楽しそうにしている人を見ると【あーいいなあ!】と思う。そんなふうになりたい。見た目は大人、中身は子供、みたいな。そうしたらきっと余計なものを持たないでいられる気がする。見栄とかプライドとか(もともとあまり無いつもりだけど、完全に消滅させたい)。




かなり昔にブログで書いたことがあるのだけど、子供は最強なのだ。楽しいことしかしようとしないし、今日嫌なことがあっても明日にはほぼほぼ忘れている。今目の前に起こることにしか興味を示さない、過去に囚われない。今日タッチ出来なかったから、明日も出来ない、、、なんて落ち込まない。ひっくり返ろうが顔面ダイブしようがタッチして進もうとする。凄まじい勢いで成長する。そして機嫌が悪いのが長引かない。少しずつ成長して、過去の蓄積で記憶がたまってくると、過去を基準に判断してしまう。今日と明日は違うのに!これはもったいない!今日は今日、明日は明日で子供のように生きれば良いのだ。そういう心を持ちながら生きていけるおとなになれたらいいなあと祈りながら、五所尾は日々生き抜いています。皆さんもすでにおとなになっていると思いますが、どのようなおとなですか?それぞれに個性の違う、愉快なおとなでいっぱいになればいいなあと思います。


では、また。


【ファンスタスティックビースト】という映画を観に行った。【ハリーポッター】シリーズの以前の物語だそうだが、私はハリーポッターさえきちんと観ていない。しかも今回のファンタスティックビーストは2作目だそうで、予備知識がここまで無いまま映画館に来る人は珍しいのだろうなーと思った。結果、とても良かった。主人公のニュートはポワンとしていてあまり強そうではないし、悪者役のジョニー・デップはやはりカッコイイし(ジョニー・デップが出ていることも知らなかった)、悪者の要になりそうなエズラ・ミラーは繊細でちょっと狂気じみた風情があって男前だった。個人的にはニュート役のエディ・レットメインよりもエズラ・ミラーの方が顔は好みで男前だと思う。悪者の方が男前で繊細というのはなんだか切ない気分にさせる。めちゃくちゃブサイクだったらやられていても何ともないけど、繊細で美しい男子が己の苦悩に悶えつつダークサイドに落ちていく様子は、乙女心を捉えるし、エズラ・ミラーはそういった役がピッタリだ。






映画の中に出てくる場面で登場人物がダークサイドに落ちていく描写がある。誰もが生まれもって悪者なわけではなく、少しずつ少しずつ闇のカケラを自分の中に溜めて行って、それがマックスにさしかかった頃、ダークサイドへの道を誘導してくれる甘い出来事が起こる。ちなみにダークサイドに落ちる人というのはある種共通点があるように思っていて、それは孤独に囚われた人。孤独に囚われた人は自己顕示欲で自分の存在価値を示そうとする。自分を満たしたいという欲が相手から何かを奪おうとする。ダークサイドに落ちなかった人は逆に自分のためには戦わない。誰か、または何かを守るために戦う。守るためなら自分の命はいとも簡単に投げ出す。ダークサイドは逆に俺かお前が死ななければならないのなら、俺のためにお前が死ねと笑顔で相手を殺めるのだろう。



昔読んだ美輪明宏氏の本の中でこの世には【天界族】と【魔界族】がいると書いてあった。で、魔界族だからと言って怖い顔をしているわけではない。天界族だからといって優しい顔をしているのではない。自分の好き勝手に行動している人が魔界族なわけでもないし、人のためを掲げている人が天界族なわけでもない。細かいことは忘れたが、私は自分の中にある基準を悪い意味でひっくり返す人を見ると【あ、魔界族だ】と思う。私の方から攻撃もしないし、周りに悪口も言わないが魔界族なので近付かない。ダークサイドに落ちる際の誘惑のように、魔界族は引力が強いので気を抜くとあっという間に持っていかれる。
じゃああなたは【天界族なのですか?】という問いになると思うのだけど、ええ、そうです、私は天界族です。私の中での天界族の定義は【自分の人生を全うする人】です。他人の弱みに付け込んだり、ちょっかい出したり、圧力かけたりしてる暇なんてない人達。自分が今より少しでも良くなるにはどうしたらいいのだろう。どうしたら周りの人を喜ばせることができるのだろう。そう言って自分の顔面を千切って差し出せる、アンパンマンのような人達だと思っています。私自身はまだ天界族の下っ端ですが、人を騙すくらいなら騙されたいし、自分か相手が死なないといけないなら
死ぬと思う(相手はけっこう選ぶよ)。この世を自分の思い通りにするより、この世の中に五所尾仁美という人間を投下して、どうやって【おもしろき ことも無き世を おもしろく】するかに使いたい。それで皆んなが楽しんでくれたら良いって思っています。だからおもしろい話は
どんどん五所尾までお持ちより下さいませ。





最近本当によく思う。与えられるよりも与える側の人間になりたい。あ、でもちょっと待てよ。与えるものって実はほとんど何も持ってない。いやいや、持ってる持ってる。打ちのめされて、落ち込んで、しばらく撃沈状態でも浮上するエネルギー持ってるー!!!しぶとさ持ってるー!!!物分かりの悪さ持ってるーー!!!鬱陶しいくらいのまっすぐさ、持ってるーーーー!!!ということで、元気が有り余っていることはおわかりいただけたでしょうか?  有り余る富も人が羨む美貌もスタイルも強力な後ろ盾も地位もありませんが、斜め45度の目線で34年間生きて培ってきたバイタリティは全く衰えてないし、むしろ使い道に困っているのでどうか元気な天界族の皆さん、魔界族になりそうな人を一人でも多く天界族に巻き込めるように私と頑張って行きましょう。






ついてくる?




2018年12月31日から2019年1月4日の5日間がお正月休みだった。
私にとって1年で最も長い連休であり、毎年毎年リセット&スタートとなる期間でもある。この期間に両親が住む実家に帰るのだが、私の部屋のものはほぼほぼ全て放置されている。正確に言えば放置された私の私物の上に母親の私物が覆いかぶさって来て、実家に帰ると私は自分のものを掘り返さなければそこで束の間でも生活することは難しい。「ええやん、普段おらんのやから」と母は言う。皆さんもご承知かと思いますが私はものすごく【捨てる女】です。ですが生みの親の母は私の感覚では信じられないくらい、【捨てられない女】なのです。親子というのはここが面白い。だけど私の領域に入って来ているものに容赦はしないので、必要最低限のスペースを確保するため母が取り置いていたものをこっそり捨ててやりました。絶対要らないと思うもの。無くなって「あれいるのに!」とか言われても、きっと1ヶ月もすれば無い生活になれるのだから、それでいってもらおうと思っている。





空白の時間がもたらすもの

5日間のお休み。友人と会ったり、母と行動を共にしていたりして実質のところ本当に一人の時間はあまり無かったのは少し残念だった。だからといって周りにいる人たちを振り切りたいわけではないのだが、休みがもう2日ほどあれば良かったなと思う。私が一人っ子だからなのか、もともとそういう性質なのかはわからないが私は一人になって自分の中に潜り込む時間がとても好きだ。深海に素潜りするようなイメージなのだが、そこで色々な発見をする。こんなものが好きだった、こんなことを大切にしていた、この時はこれを頑張っていた、、、簡単に言えば思い出を振り返る作業だが、潜っていると子供の頃に無敵だったことを思い出す。あの頃は自分の想いが全てだった。不可能など無かった。スーパーサイヤ人になれないはずがないと思っていたし、芸能人と友達になるにはどうすればいいのか本気で考えた。勝手にお金持ちになるもんだと思っていたし、自分が肌荒れをするなんて夢にも思っていなかった。実家に転がっている懐かしい品物を手に取るたび、私はその当時の無敵の五所尾に戻る。そして今の自分に問いかける。もう無敵じゃないのか?と。












自分と約束をしよう


あの頃思い描いていたこと、それを今でも同じ熱量で熱く思ってはいない。それは当然だと思う。そこから生きてきて経験もたくさん積んだ。欲しかったものを手に入れたり、手放したりする中で、今の自分が求めることが変わるのは当たり前だから。でも、今でもそうだと思うし、これからもずっとここは変わりたくないなあ、と思うことも出てきた。それは【自分を騙そうとしない】こと。自分に言い訳をして生きようとしないこと。今は時期じゃないとか、みんながどうだからとか、お金が、時間が、親が、あの人がどうだとかそういうものは受け付けないでいたい。とにかく誰かのせいにして生きるということは絶対にしない。自分の直感を信じる。誰に馬鹿にされようと、自分だけは信じる。まあ正直、誰に嫌われても良いと思っているし、嫌われるということは反対に好かれるということでもあるから、アンチがいればいるほどファンもきっと出てきてくれるであろうと思ってたりする。しかも、人間は長くても100年くらいで死ぬのだから、今34歳の私だとして残り60年くらい自分のことを信じてやってもバチは当たらんだろう。信じなくても死ぬし、信じても死ぬのなら信じた方がきっといい顔のお婆ちゃんになれると思う。そっちの方がいいに決まっている。だからこれからも自分とのお約束として【自分を騙そうとしない】ということは頭に置いておきたい。










生きたいように生きる

私が最近注目している人たちが何人かいるのだが、その人たちに共通しているのは何かしらのマイノリティ(少数派)に属している、ということ。例えば育った環境が悪すぎて少年院に行った後、今はアイドルになった女の子やホームレスになったり日本中を放浪していて定職もないが素晴らしい文章を書き、どうやってるかわからないけど生活できていて、今月はロンドンで公演をする同い年の男性。他にも何人かいるのだが、そういう人たちを見ていると自分がいかに【〜あるべき】という檻の中で生活しているのだろうと思ってしまう。彼らは悲惨な環境の中でも自分を腐らせずに、その経験を人様に見せて提供することで他人に希望を与える。私もその希望を与えてもらっている中の一人だ。私はものすごくかっこいいと思っていて、自分もそのジャンルで生きたいなあと思っている。きっと日本という国で矢面に立つことはとても大変な事だろう。ツライ事もあるだろうし、大変なこともあるだろう。それでもその人たちはカッコいい。彼らが発する言葉は清々しい。私もいつかはそういう清々しさを手に入れたいと思っている。









5日から仕事初めです。
今後ともよろしくお願いいたします。


仁美
2019年、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


2018年12月の中頃から書きたい書きたいと思いつつ、結局書けずに居りました。1年の振り返りをしたいタイプの人間なのですが気がつけばもうあけましておめでとう。時間が過ぎる早さが本当に、怖い。今年は自分自身で舵をとって進めたいことがあるので、この時間の管理が1つの大きなポイントになることは言うまでもないでしょう。今から既に怖い。まあ頑張りますよ、新しい元号にもなることだし。



私は毎年毎年テーマを決めて生きています。目標では無く、テーマです。ちなみに2018年は【変革】でした。美容の世界とは全然関係のないことに意識的に踏み込んで、今まで知らなかった世界を見てみました。驚いたことも沢山あるし、改めて自分の望むものについて気づくこともあったし、自分が嫌だなと思うこともやってみたりして見える世界は広がったなーって思った一年でした。そして自分の弱いとこ、苦手なとこに向き合わないといけない、苦しい一年でもありました。結果、良かった。個人的な見解ですが、自分の弱いところにはなる早で正面から向き合っておくことをお勧めします。長いこと生きれば生きるほど、あまり使い道のない【プライド】とか【自存心】が大きくなりすぎて、傷つかないことばかり選択し続けてしまう。そして年齢を重ねるほどダメージを受けた時の回復には時間がかかる。だからなる早で痛いことは終わらせておくのがいい。逃げたり見ないようにしても結局自分は逃げてることも見ないようにしてることも知ってるから、後々つらくなるのは自分。風邪はひき始めが肝心。




で、2019年のテーマですがトップに貼り付けてある通り【ユーモア】です。ある程度生きてきて、ある程度知識があって、ある程度経験もある。今年35歳になるのですが、社会的には中堅。周りを見ていて肌で感じるのだけど、ここからがやっと自分で創り上げていく人生のスタートのような気がしている。ここらへんで失速する人、自動運転に切り替わる人、速度を上げる人。もちろんのことながら私は3番目の人でありたい。で、中堅というキャリアでこのまま生真面目に人生のコマを進めるのは私の人生、五所尾仁美の人生という物語で考えると全然興味が沸かない。別にそれ誰でもできるやん?私じゃなくていいやん?五所尾は五所尾らしく、五所尾にしか出来ない人生の歩き方をしたらいいと思うし、【おおーーー!!】っていう興奮とか感動とか感じて生きたいやん。そしたら生真面目さの反対、、、、不真面目、?、、、うーーん、何か短絡的、、、真面目はつまらない、、、面白さ、、ゆ、ユーモアってどうよ?はい、採用!!という流れで2019年のテーマ決まりました。










楽しい時は楽しくて当たり前。苦しい時はその苦しみを乗り越えて、その先に成長した自分がいて、、、って考えるのはベーシックとしてあり。でもその苦しみさえユーモアで面白いものに変換出来たら無敵になれないか?そう、つらいこともユーモアに変換する能力が欲しいのです私。人間は根本的にネガティブ出身だと思っているので、ポジティブっていうのは技術だと思う。努力しないとできない。たまにポジティブワードで無理くり表面ポジティブに見せてる人もいますが、そういうのって見抜かれるし、実は全然影響力とか無い。で、ネガティブから這い上がってのポジティブに追加でユーモアがあると、ポジティブが更にテクニカル的にバージョンアップした感じなんじゃないかって思う。ポジティブだけでは足りなくて普通。ポジティブ+ユーモアがあれば周りにさえも影響力を持つような気がしています。この一年、ユーモア力をつけることを頭に入れて、押し寄せてくる荒波だって乗り越えてやろうではないか私。そしてもっともっと面白い人間になりたい。なろう。





やりたいようにやろう。
なりたい人になりきろう。
好きな人と一緒にいよう。
つらいことはユーモアをもって迎えよう。

自分の人生は自分でクリエイトしよう。
一緒に行こうよ、楽しいから。


今年も何卒よろしくお願いします。
 
仁美



こんにちは、仁美です。


いよいよこれから寒くなるとのこと。
過ごしやすい方が良いとは思いつつ、暖かいクリスマスも微妙な気がするし、暖かいおかげで春の花粉が増えても困るので冬はやはり冬らしくしてほしいと思う。冷たい冬の夜はそれはそれで好きだったりする。あの冷えた空気が鼻の奥を通る感じや、シンっと静まり返った真夜中も実はけっこう好きだったりする。あれは夏の夜には無い雰囲気だから。なので、冬は冬らしく。




今日、三井住友銀行の窓口に行く用事があって、色々な手続きをした。
何もかもペーパーレスで印鑑すらペーパーを必要としない。専用の読み取り機に押し付けるだけで機械が朱肉無しに印鑑を読み取る。今後の手続きの際にも印鑑を持ってこなくて良いように、直筆の署名を3回書いた。筆圧、癖などを総合的に感知し、署名のみで手続きが出来るようになったとのこと。これでもう朱肉は役目を終えたなあ。全てがタッチパネル。持って帰る資料すらほぼない。全てがスマホの中に入っているし、いつでもどこでも手続きが出来る。10年後、あそこにいた銀行員の人数は何人になっているんだろう。もう【ようわからんからええわー】ではやり過ごせなくなってきた感が否めない。それでもまだ私たちが生きている間は窓口のスタッフもいるだろうし、全てがAIに
とって代わられるわけではないと思う。むしろもっともっと人はコミュニケーションを必要としていくだろう。自分一人で完結できる事が増えれば増えるほど、人と人との繋がりに価値を見出す人も増えると思う。






なにかを始めよう、と思った時にベストなタイミングはいつだろう。
それは始めようと思った時だと思う。【お金が貯まったら】とか【もうすこし上手くなってから】とか準備をするような理由を付けて何も行動に出ない人はとても多い。確かにお金が必要であれば貯めなければならないし、下手くそ過ぎたらそれは理想と違うのかもしれないからそこは改善策を練ればいい。もし【お金が貯まったら】という理由で何も取りかからないのであれば、お金が貯まってもきっと何もしない。少し上手くなっても【まだもう少し、、、】と追加の理由をつけるだろう。でも、、、実はこれにはちゃんと理由があって、人間は変化に対してそれを拒む性質が本能的に備わっている。だから大丈夫、行動できなくなるのが通常なんです。防衛本能と言います。今いるところが安全だから、変えたくない。でも逆にそれが通常に機能していると思えば、【ああ、安全装置が作動してるだけだな】と解除することも出来る。なので何かしたいと思って行動に出れないのは自分のせいじゃないんですよ。本能が制御しているだけだから、その制御を解除して行動に出て新しい世界を開拓していく方が楽しくていいんじゃないかと私は思う。
状態が完璧に整ってから始まるようなことってほとんどないんじゃないか。
待ってる間に熱も冷めるし、心が疲弊してくるし、何かをずっと持ち続けるのって体力がいるよね。
やっぱりやりたいと思うことをそのタイミングで行動に移せる方が人間は幸せだと思う。その中で起こる苦労ならきっと大抵のことは受け入れる事が出来る気がする。整ってから動くのではなく、動きながら整えていく感じ。そんな生き方や価値観が受け入れられる社会になればいいなと思うし、私自身は自分からそのような人間になっていけるように励みたいと思っていますので、どうか優しく見守って下さい。たまには叱って貰えるとありがたいです。(まあまあ暴走しがち)






人生はワクワク、ドキドキで満ちてる。

それって嬉しい、楽しいことだけじゃない。

腹たつ、悲しいこともかなりある。

自分のことを消したいくらい嫌になるときもかなりある。

それでも嬉しい、楽しいこと探して

それを一緒に【いいねえ!!】って共感できる人達と生きれたら最高だと思う。




そんな世界を創りたい。



では、また。

こんにちは、仁美です。


いよいよ2018年が残り1ヶ月となりました。
平成最後の冬が始まります。来年の元号は何になるのでしょう。なんかこう、スカッとした語呂がいいな。ちょっと強さがある感じが。私は昭和59年生まれなのですが、昭和にかなり誇りを持っているのでどんな元号が来ようと昭和推しなのは間違いありません。ですが2019年からは本格的に
世の中が変わると思うので、やはり希望としては勢いある元号を期待しています。




先日友達から言われてびっくりしました。
【来年はまた厄年やからなー】
ん?もう終わったんじゃなかった?え?今年34歳。来年35歳。
どうやら女性は30代を厄塗れで過ごすようです。31、32、33そして35、36、37。
確かに言われてみれば30代女性は色々と変化が起こる時期です。私自身も例に漏れず、色々と心境の変化があります。今34歳ですが、たった4年前の自分とは価値観も考え方もごそっと変わりました。見た目の行動や性質は変わっていないように見えると思いますが、実は常に考え方や物の見方は変化していて、その変化を楽しんでいます。厄年というのは色々と節目の年なんだろうな。確かに体質も変わるし、お肌も変わるし、20代の頃自分の周りを取り巻いていた状況とは全然違うことになっている。



どんどんどんどん、世の中は変わる。
人も環境も時代も変わる。Appleのおかげで、Amazonのおかげで、孫正義さんのおかげで
世界が目まぐるしく変わっていく。変化していくことは当たり前、さらにインターネットのお陰でそのスピードは世界中で加速してきた。私が美容界に入った15年前と今は【美容師】の概念が変わっているし、もはや【職業】という大きな枠自体が揺らいでる。高校生がアプリを作って起業したり、現役大学生がホテルを経営していたりする。遊びで投稿している動画から収入を得たりする。そしてこれからはAIというとっても賢くて効率のいいパートナーが私達に代わって、せっせせっせと働いてくれる時代が来る。

【あれ?私達はどんなふうに生きていくんだろう】という問いがこの1年私の頭にありました。今まで【普通】とされてきた生き方、【当たり前】とされてきた人生観が劇的に変わりつつある今、これからまだ数十年楽しく生きていくためにも自分で自分の人生観を書き換えないとどんどん変化する時代に置いていかれてしまう。いや、時代にしがみつけというのではなく、むしろその変化を使いこなすために勉強するところは勉強して、賢くなったほうがいいんじゃないかって思う。
自分の人生の主導権を時代や社会任せにしないために。




まあ、かといってどんどん自分を追い詰めろ、という意味ではありません。
むしろ、もっともっと自分のこと大切にしようよって言いたい。
自分の好きなことは何かとか大切にしていることは何かとか自覚して主張したらいい。
よく【他人と比較するな】という言葉を聞くし、私自身その言葉を使うこともありますが、そもそもなんで他人と比較するのか、というところから考えたらいい。他人と優劣をつけて、優れていたら安心するんですよね。劣っていたら嫌な気持ちになるんですよね。一種の自己肯定感を得るための方法ではないかと思います。誰々より上だから自分は大丈夫。他人と比較することで自分を肯定する。でも、もともと大前提として肯定していれば、誰かと比較する必要が無い。自分は自分、他人は他人。自分をしっかり肯定出来れば、きっと他人も肯定出来る。そしたらもっと人間は【自分の人生】というものを見つめることが出来るんじゃないかな、なんて思ったりするんです。そしたら真剣に生きるでしょう。色んなものに興味を持って、自分の選択に責任を持って。








色んな情報が、ものが溢れかえる時代になりました。
何かが不足している、ということは少なくとも日本ではほとんどありません。
なんでも選べる、自由に出来る、生きるのに困らない。
だからこそ、自分の核になる部分は見失いたくない。
荒削りで、まとまってなくて、感情的になることもあるけど、それはそれで自分の一部としてうまいことやりながら共に生きていきたいなと思います。





仁美でした。
こんにちは、仁美です。


今年最後のバケーションである広島・尾道の一人旅を終え
あっという間にまた月曜日が来てしまいました。早いなあ。
ひとり旅は久しぶり。今回はカメラを持っての旅だったので沢山写真を撮りました。





この時期、このタイミング、そしてこの【ひとり旅】は計算されているとしか言いようがなかったなと今になって思います。
尾道のネコが膝に乗ってきて喜んだことも、浮かれて坂から転がったことも、大久野島でうさぎにたかられたことも、バスを40分も待ちぼうけしたことも、私にとってかけがえのない体験でした。どういうことか?




つまり、【ひとりで全てを決める旅】をしなければならなかった。






人はほとんど【自分以外の誰かが決めた枠組み】の中で生きています。
それは国、会社、親族、昔からの慣習、世の中の常識、当たり前、、、、、
文字で明文化されたものから、昔から代々続いている不可視な風習など様々です。
この枠の中で、さらに自分の役割や立場を考えて物事を決定したり発言したりしています。
自分がこうしたい、という思いよりも「こうしなければならない」「こうするべきだ」
色々な事を真面目に配慮するあまり、本来やりたかったこと、本当は夢見ていること、見たことない夢を見ることを諦めたりします。



2018年のテーマに【変革】を掲げ、今年1年で沢山の学びを得ました。
昨年とは全然違う生き方をして、経験したことがないこと沢山経験しました。その中には自分がやりたくなかったことも含まれています。やりたいことをやるだけでは経験とは呼べませんからね。そう、自分が想像できない経験をすることこそが良い経験なのです。
【ひとりで全てを決める旅】ということがここに繋がってきます。人生はよく旅とたとえられますが旅は予測不能なことやアクシデントも含めて旅なのです。
ひとりで全てを決める。
行き先、行く方法、動き出す時間、何もかも。

例えば毒ガス工場の廃墟が見たくて選んだ大久野島。天災の影響で電車が途中から止まっていたので途中からは振替バス。フェリー乗り場の近くのバス停への到着と、大久野島へのフェリーの出発時間がほぼ一緒。「絶対間に合わないだろうけど、行ってみよう。次の
フェリーまでかなり待つけど仕方ないか」と思ってバスに乗り込みました。一緒に乗っていた外国人観光客の皆さんが全力疾走してくれ、結果的に私も後ろから追いかけてフェリーに乗れました。
「行けるか微妙だったけど、行けた!」


帰りはフェリー到着時間とバスの出発時間がかみ合っておらず、何もないところでただただ40分待ち。外国人観光客達と一緒にコンビニで遅めのランチを買い駐車場で食べる。40分間ひたすら待つ。外国人だらけだけど、向こうからしても私は外国人だし。全員ボーッとしてる。ボーーーー。


こういったことひっくるめて、自分が決めた結果(旅)。
【尾道から大久野島行ってウサギも毒ガス工場も見て帰ってこれた】
自分が決めた方法で何かをすること。そしてそのすべてを引き受けること。
フェリーに運良く乗れたこと(成功)と、バス乗るのに40分も待ったこと(失敗)って捉えることも出来ると思います。それを両方とも引き受ける経験が必要でした。




誰にも相談しない。
誰の目も気にしない。
ラッキーもアンラッキーも自分のもの。
ああ、自分はこういうことに幸せを感じるんだった。




↑この写真とった後に坂から転げましたw




最近の世界のめまぐるしい変化を感じながら自分をどうやって生かそうかと考えます。
どうやって生かそうか、そして活かそうか。
きっと漠然とした不安というか、なんとなく見えない感を持っている人って多いんじゃないだろうか。私もそうです。私が美容師を志した時と時代はまるで変わっています。きっとどの業界もどの社会もそうですよね。そんな世界の中で本来やりたかったこと、本当は夢見ていること、見たことない夢を見ることを諦めずに生きるにはどうしたらいいのだろう。
大人になるほど、夢が必要だって思う。だって夢とか希望とか語るのに年齢制限なんて無いでしょ?
難しい顔して苦しみながら生きるためにこの世があるんじゃない。
いやー、生まれてきて良かったわーい!って思って死にたいやん?


今回の旅で出た答えの1つは【自分が生きたいように生きよう】です。
色々と悩み悩んで肌荒れもしまくった一年でしたが(生まれて30年肌荒れで悩んだことなどなかったのに)、悩むことはもうやめます。
今日やっと皮膚科にも行ったし、明日には今日より少し綺麗な私になってるはず。


尾道に持っていた本は堀江貴文氏の【ゼロ】
【悩むとは物事を複雑にしていくこと、考えるとは物事をシンプルにしていくこと】
なるほど、自分以外の色々なものに心を奪われすぎていたなあ。
思いっきり複雑にしてしまった1年だったので、、ここからシンプル化を進めていきます。


世界はワクワクに満ちている。




でしょ?





仁美でした。
おはようございます、仁美です。

昨日から明日までのお休み3連休。
今回は広島の尾道に来ています。
天気はあいにくの曇り空。幸いなのは雨が本格的に降らないこと。


今回は一人旅です。
自分の棚卸し時間というところでしょうか。
難波駅から尾道駅まで高速バスで約5時間。
昔のJ-POPを聴きながら、時々涙が溢れました。大丈夫、思春期混じりな34歳ってだけです。
1年という時間経過の中で、色々なものが自分の中に蓄積されているのでしょう。今回はそれを出す旅、出す旅。


2018年は自分のテーマ【変革】通り、
様々な変化を自分の中に見つけた年でした。

6月からの月8日休もそのひとつ。
【休みを増やすとお客さんが離れて行く】
という昔ながらの思い込みは、本当にただの思い込みでしかなかった。
きっと世の中はこんな思い込みで溢れているんだろうな。


これは個人的な意見ですので
さらっと読んで頂ければけっこうです。


美容師の勤務時間をもっと減らすほうがいいと思っています。
アパレルも同様。路面店は必要だと思いますが、営業時間自体を縮めるか、前半後半と勤務時間を分けるか。そしてその勤務時間自体も減らしたほうがいい。



美容師は専門知識や技術の習得に時間がかかります。かけるべきです。そして同時に必要なコミュニケーション力。個人の力を引き出したり、伸ばしたりすることに最大限のリソース(資源、資産)を使って、ハイパフォーマンスが出来るスペシャリストにしていく。

アパレルは現在はほとんどがネット通販。
路面店は商品を展示する場としての意味合いが強くなるので、ショップ店員さんは他の仕事を生み出したほうがいい。仕事というより、なんか面白いこと。面白いことをやってると多分やりたい人が集まるから、それを仕事にしたらいいなって思う。


こんなことを書き出した理由は、
「どうやったら思い込みを壊せるのかなー」という考えから。
美容、アパレル問わずどんなことにもあてはまるのですが、例えば今回取り上げた日本で世間一般に当たり前とされている【美容師の拘束時間の長さ】は昔から続く思い込みでしかない。


現にうちの副店長はパート勤務の形態で
月間指名売上100万円以上をコンスタントにキープしている。
最終平日17時半に退社するのに、です。
【長い営業時間=お客さんがつく】
という方程式ではないということ。

彼女の人柄、技術、コミュニケーション力、、、という、彼女自身がもっているリソース(資源、資産)をお客さんが支持している。つまり、リソースをもっともっと豊かにしていく必要がある。豊かにして行くために必要なのはお金ではなく、時間です。
学ぶ時間、コミュニケーションを取る時間、一人になる時間、、、

ちなみに彼女のリソースですが、
彼女自身の努力によって身につけた部分がとても大きいということを伝えなければいけません。勝手に持っていたものでも、楽して手にしたものでもありません。工夫と努力で自分自身の身につけてきたものです。
リソースを活かして実務に成果を出すという方法は「なんとなくやる」では絶対に成果が出ません。本気で、真剣に向かいあわなければいけません。自分にも、お客さんにも。



仕事、というものに対してどのような考えを持っているかで選ぶ道が変わります。それは会社の経営者の考えによるし、あなた自身の考えにもよるので正解はありません。
その人が何を選ぶか、です。


サロンでも何度かお話ししている方もいらっしゃると思いますが、私自身あまり仕事とプライベートの区別がありません。リソースを豊かにすることが仕事に繋がるし、逆に仕事で得たことがプライベートに影響します。
ただ、オンとオフは切り替えたほうがいいので、脳を切り替えるためにわざと洋服や持ち物で仕事とプライベートを分けています。区別がないなら同じでいいじゃないか、という話なのですがその理由は今回やめておきます。まあ、オンオフの切り替えが大切なことはなんとなくわかりますよね。



まとめると。




就業時間を減らし、
リソース(個人の能力)に時間を投資する
(就業時間以外の時間を豊かにする)
⬇︎
その特定のリソースをお客さんが支持する
(スタイリストの人柄、技術を支持する
⬇︎
【長時間就業=お客さんの支持率の高さ】
ではないので、成果が安定する。
個人体力、モチベーションも守られる。




ってこと。


こんな感じで今書いてます。笑



美容業界に入った15年から疑問に思っていました。




なんでこんなに長い時間営業するの?
なんでこんなに一生懸命技術つけてるのに
遊んでる大学生よりお給料激安なの?
なんでこんなに休みが少ないのに
なんでみんな何も言わないの??


美容師ってみんなが憧れる
カッコイイ職業じゃないの?




幸い、15年前より今はものすごーーーく環境改善されています。
だって月8日休みが当たり前になってきてるんですよ!!初任給も増えています。
15年かかって、、、やっと、、、、
だから、もっと変化をしていきたい。
思い込みはただの思い込みでしかないんだから。



ということで、今回は終わります。
では、また。
こんにちは、仁美です。

10月の連休に城崎温泉と天橋立へ行ってまいりました。
この上の写真は天橋立で乗ったフェリーで撮った夕日です。
雲が覆いかぶさっていても、その向こう側から溢れ出る光の強さが気に入っています。




この城崎、天橋立の旅で私は今まで大切にしていたものを失いました。
そして自分が昔からずっと心の奥底で大切にしたいと思っていたものを思い出しました。




私はいつも色んなことを忘れて生きています。よかったことも、悪かったことも、そこに区別はありません。ただただ忘れてしまうのです。そしてそれが限界まで行き着いた時、何より大切にしているものを失いかけて、愕然として、初めて気づきます。
必死にかき集めてきたものが、
実は本当に自分が求めていたものではないということに。




昨日の男性のゲストからの言葉にハッとしました。






【夢はありますか?】








そう、いつだって夢を見てきた。
ここにくるまでに、
どんな時も夢を見てきた。
【そろそろ落ち着けば】という言葉がたまに聞こえてきたけど、
私にとって夢は見るものではなく
共に生きるものだった。






ここ最近は目先のことにとらわれすぎて
本来の持ち味である【夢見がち】なところがなりを潜めてしまっていたんだ。





小手先のテクニックで、知識で、駆け引きで
ズル賢く生きてやろうとしてたのかもしれない。
もっと要領よく、上手く生きようと思った結果だったけど、それはどんどん自分の魅力を削っていったように思います。









沢山のものを手にすればするほど
人はその喪失を恐れて身動きが取れなくなる。



でもそもそも、手に入れたように見えているだけで、本当は何も自分のものになんてならない。





お金も、地位も、何もかも。
わかりやすくするために名前の周りにアレコレくっついてくるけど、
それがいっとき例えなくなったとしても、
その人はその無くなったものを
いつだってまた手にすることが出来るはず。





誤解を恐れずにいうと、
私は大きな会社で店長になるのが夢だったのではなく、そのポジションの仕事もまっとう出来るくらい、自分のキャパシティを広げたかった。
自分の可能性に夢を見て今の会社に入ったのです。


なので、こんなワガママ気ままな私に実際に店長というポジションを与えてくれ、成長させてくれた会社にとても感謝しています。





そんなことを考えさせてくれるキッカケになった旅でした。


実は今月も12〜14日で一人旅をします。
場所はやっと決定しました。
景色のいい場所なので、自分をしっかり解放しようと思います。





夢を思い出してきますね。


仁美