わたしの 何かが 誰かを照らす

そういうものにわたしはなりたい

見えるものは信じない

月曜日の13時半、難波のコメダ珈琲にいる。今年は37歳の大厄なので厄払いにやってきた。店を開店する時も方除けと言って、方角の厄除けに行った。お詣りというものは目に見えないものに願いを叶えてもらう、ということもあるとは思うけれど、私にとっては自分への宣言、覚悟の意味合いが強い。神仏への作法はほとんど知識がないし、もしかしたらかなり無礼な振る舞いをしているかもしれなけれど、そんな作法だけで叶えるか叶えないか決める神様とはそもそも相性が悪いと思う。神様への誓いよりも自分への宣言の方が相当大事だと思っているところが昔からちょっとある。神様はあくまで見守ってくれる存在、おかしな方向に行きそうになったときに知らせてくれる存在だと思っている。ということで、本日の厄除けも『これから人間的にも成長するし、生活水準もあげていきますし、どんどん巻き込んですべて豊かにしていきます。どうぞ見ていてください』と厄除けとは関係のないお願いをしてきた。







年末に書いた文章を見返した。硬い。なんて硬いんだ、、真面目で塗り固められた五所尾仁美よ、、まるでコンクリートじゃねえか、、、!あれから約1ヶ月ぶりのブログである。自分でいうのもアレがアレだけど、私、生まれ変わりました。Twitterには日々の呟きの中で『過去の自分を絞め殺した』って書いたのだけど、実際あれからネガのオーラが大きく幅をきかせたり、居座ったりすることは無くなった。支配されそうになったら頭の中でもう1人の私の声が聞こえる。『え?あいつこないだ殺したからもう出てこないよ?』あ、そっか。あの生き方はもうやめたんだった。ネガティブのフリして、出来ないフリして、自信がないフリをして本当の自分で生きる覚悟がなかった五所尾仁美はもう消えたのだった。古い生き方をやめて、新しい自分で生きる覚悟がようやく決まった。2020年、大厄の歳に新しい生き方デビューである。








真面目が素晴らしいと思っていた。一生懸命が素晴らしいと思っていた。苦しみの先にしか喜びはないと思っていた。ちゃんとやらないといけないと思っていた。みんなが認めるような綺麗な努力と勤勉さで人生を歩まなければいけないと思っていた。経営の勉強をして、お金について学んで、お国からの借金があるのだからちゃんと支出を計算して、月々を回していかなければいけないと思っていた。95%、思い込みだった。自分への呪いだった。そんな時代も確かにあったけど、そんな時代は確実に終わっていたのだった。私は昭和生まれの根性論育ちだから、どうしても苦しまないと身につかない、と思っている節がある。ウエストがゴムのボトムスばかりでは【体を甘やかしている!!】と思ってタイトなジーンズにねじ込もうとしてしまう。でも、タイトなジーンズはもはやトレンドではないのである。好みだ。好きな人は戦うボディーを選べばいいが、時代はオーバーサイズなのである。ゆとりゆとり、余白余白。ねじ込まずとも、オシャレにカッコよく生きていける時代が来ていたのだった。







見えるものは信じない




目に見えるものしか信じない、と口にしたことがある。多分20代の前半か中盤だと思う。目に見えるもの、結果、は思考や過程の最終の形だから。行動も目に見えるものだ。それを基準にして人や周りを見ていた時もある。あの人は行動してるから変える意志がある、とか。今は違う。目に見えるものは信じない、だ。人間にある思考や感情は思う以上に色々な種類がある。AはA、だけではなくAだけど実はBで、でも世間体のためにAにしてるもある。つまり本当はBだ。そういった思考や感情が入り組んだ結果として目に見える世界を作っているのだから、目の前のことに執着することはとても危ない。むしろ目の前の出来事は取るに足りないようなことなんじゃないか、という気さえする。
目の前の出来事を見ないのであれば、何を見るのか。自分の気持ちだ。感じ方だ。見えないものの方だ。過去の自分を絞め殺した私が今こんな心境になったのは、AはAにしか見えなかったものを、AはBやCであるかもしれない、と様々な可能性を見るようになったからだった。
また、自分は本当はBだとどこかで思っているのに、それに気付いていない人もいる、ということもある。その人にはその人のペースがある。色んな人がいる。色んな選択がある。正解は無いし、不正解も無い。どれでも大丈夫。なんでも大丈夫。真面目じゃなくても、苦しまなくても、ちゃんとしなくても、全部大丈夫。全世界がAをAだとしても、自分がBならばそれでいいのだ。






自分の全部が大丈夫、となった時からの変化がすごい。なんの算段も無しに3泊4日屋久島旅行と4泊5日奄美大島旅行を立て続けに決めた。4月と5月である。自分でお店をしていて、売上を上げなければいけないのに、2か月続けての連休。去年の自分だったらメンタル的に絶対出来なかったな〜って思う。焦っただろうな〜って思うけど、今は違う。自分が思いっきり命を使って遊んだり働いたりすることがお店にとっても良くなることだという自信がある。来てくれるお客さんにいい空気を吸ってもらえるはずだという自信がある。これこそが今の時代に相応しい感覚な気がしている。







Life is wonderful.


0コメント

  • 1000 / 1000