自由の身
12月も半分を終えた。日曜日の営業終了後の自宅。よくお客さんには「これが食べたいって言うものがないんですよね」と話すが、半分は嘘だな、と最近気がついた。自宅に帰ってから食べるものには実はマイブームがある。今はアボガドと生ハムとアヒージョ。まるで酒飲みのアテのような響きだが、乾杯後5分で真っ赤になる私は相変わらず健在である。小さな頃からおつまみの類の食べ物が好きだった。それに拍車がかかっている。アルコールを飲む時でも飲まない時でも食べ物はほぼ変わらない。Amazonプライムでバチェラーを観ながら食べるのか、アルコールを飲みながらアテとして食べるのかの違いだけである。仕事終わりに「家にアヒージョがある」というだけで頑張れる。あのアボガドはちょうど食べ頃の硬さになってるだろう、と思うだけでテンションが上がる。私はハマるとしばらくそれを続けるので、この怒涛の令和元年はアボガド、生ハム、アヒージョで最後までキメたいと思う。
この数年、「好きなものは何?」という問いがとても苦しいものだったなあと思い返している。好きな服、好きな食べ物、好きな匂い、好きなアクセサリー、好きなお店。ずっと以前にも書いたが、私は前の職場に入社する時、自分の住居、仕事道具、服、髪型、仕事の方法、全て変えた。引越しをし、仕事道具を買い替え、服を捨て、髪を伸ばした。それまでの自分をそっくりそのまま跡形もなく捨てた。前の職場ではどうしても結果が欲しかった。結果を手にするために、変えれるものは全て変えようとした。前の前のサロンではどんなに必死にやっても思うように結果が出なかった。毎週、休みを返上して実費で講習に行き、結果を出している美容師さんに会いに神戸、京都、東京にも行った。相談もしたし、実践もした。それでもなかなか目標には届かず、そのサロンで言われた言葉は【お前のせいで○○さん失客したやろ】だった。数日後、○○さんは普通に来店した。
変えるしかなかった。何もかも。信じてきた人も。信じてきたすべてと縁が切れてしまっても。何が正しいのか、正しくないのかもわからない。一生懸命やってきたのに結果は出ず、上司には心ない言葉を浴びせられた。きっと自分の何かが悪かったんだ。でももう何が悪いのか、何から手をつけていいのかもわからない。だから絶対自分には合わないと思う大型サロンの門を叩いた。自分が嫌っていた世界は、自分の知らない世界を見せてくれるかもしれない。嫌いなことの中からでも学ぶ事があるはず。それを取りにいくしか道はない。自分の全てを変えてしまおう。好みなんかいらない。結果を出すための方法を知りたい。履いたことのないヒールを履き、学生以来着たことのないスカートを着て、私は店長になった。
自分の好みを封印して結果を出した私は、自分の好きが見えなくなった。好きなものへの絶対的な愛情も感じなくなった。欲しいものが無い。服を買いに行っても、何がいいのかわからなくなって買えなくて悲しくなってしまう。情けなくて泣いてしまう時もあった。たかが服が買えなかったくらいで、だ。いつからか自分自身を疑うようになった。頭の中で声がする「自分のやり方で結果が出なかったんだから自分の選択が悪いんじゃない?」「本当にそれでいいの?」「それはイケてるの?」「自分の好みを出したら失敗するんじゃない?」自分が決断しようとすると、もう一人の自分が耳元で囁く。「本当にお前にできるの?失敗ばかりしてるのに?」
ある人が言った「あなたに魅力を感じない」
それは私もそう思う。
自由の身
サロンをオープンして1ヶ月。少しずつ地に足が着き始め、落ち着いて過去を眺め始めている。過去の5年で目まぐるしく変化した私は、以前のサロンに在籍した時よりも、あの頃を見つめている。前の前の個人サロンを離れた時のこと、そして前の大型サロンに在籍していた時のこと。過去に封印した自分を、今こそ解き放つ時なのだと思う。大人しくさせておいた自分を、もうそろそろ解放してあげてもよいのだ。好きにさせてもよい。そのためにこのサロンは生まれたのだ。自分を縛り付けるものはもう何もない。好きなものを好きといい、人が喜ぶことを思う存分してもいい。ようやく長い長い学びの時を経て、自分自身を取り戻す時がきた。
Life is wonderful.
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