五所尾仁美

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見つめていたい

今日は大阪難波の大好きな場所、スタンダードブックストアでブログを書いている。ここには10年位通っていると思うのだけど、いつ来ても静かで適度に話し声や洗い物をする音が聴こえて、オープンスペースだけど各々プライバシーを守っている感じがとても気に入っている。私の大好きな文房具やいつ売れるのだ?一体誰が手に取るのだ?というジャンルのマニアックな本が置いてあったり、ちょっとゴチャゴチャしている感じも良い。地元から外に出てくると思うのだけど、自分のことを放っておいてくれる空間というのは妙に落ち着く。私が何をしようがどんな格好であろうが誰も気にしない。それぞれがそれぞれのペースで人生を進めていて、たまたまここに居合わせただけ。だけどこんなに沢山のお店がある中で、わざわざ駅から歩いて、この地下の目立たないカフェを選んでくるところを考えると、ばらばらの人生を歩んでいるけど、どこか見えないところで何か共通のものを求めていたりするのかな、と深読み五所尾は考えてしまう。右斜め前の彼女は茶色い髪を綺麗に巻いて、発色の良いリップをつけてファッション誌を読んでいる。私と同じ人類科の種族とは到底思えないけど、それでも何か共通のものがあるのかな。とか。

愉快なおとなの世界

今週の月曜日は私にとって16回目の成人式のお手伝いだった。18歳で美容の世界に入り、19歳で初めて成人式で新成人のお客さんのメイクをした。自分自身の成人式の日も私は現場に立っていて、友人のメイクを担当して、成人式へと送り出した。あの時自分がメイクをして送り出した友人の笑顔を今でも覚えている。幼い頃から知っている友人の華やかな姿はとても素敵だった。そして美容師の仕事は本当に素晴らしいものだと19歳にして思っていた。自分の選んだ道は素晴らしい。16回目でも現場で感じることは同じだ。回数を重ねるごとに【やべえ、寝坊できねえ!】という切迫感は薄れ【し、失敗したらどうしよう!】という恐怖もほぼ無いけれど、【ああ、美容師は人を幸せにすることが出来る仕事なんだなあ、自分はあの子の一生に一度の成人式に携わって喜んでもらったのだなあ】と実感する。毎日毎日沢山のお客さんに【ありがとう】を頂いているけれど、成人式に関してはお客さん自身の《人生で一度きりの大人の儀式》という思い入れが強く、高校生の頃から髪の毛を伸ばしていたり2年前から予約したりと親子さん共々準備をする。その過程も含めて【成人式】なのだ。その背景を知りながら、当日、笑顔でお迎えに来られたお母さんの姿やいつもより大人びた様子の娘さんに荷物をお渡しするときにも【ああ、良かったなあ】と本当にめでたく嬉しい気持ちになる。そして自分の手が指が技術が目の前の人々を喜ばせる一端を担っているのだ!と思うと、【あー、もうそんだけ喜んでもらえたらお金はいらないです!!もうこっちがありがとう!!】と言ってしまいたくなる。(悲しいかなお代は頂かないといけない) なので成人式営業というのは終わった後、新成人の方々と同じくらい私をとても清々しい表情にしてくれる。今日という日まで色んなことがあってそれが一区切りついたような、新たなスタートを切ったような。

何のために自分を使うか

【ファンスタスティックビースト】という映画を観に行った。【ハリーポッター】シリーズの以前の物語だそうだが、私はハリーポッターさえきちんと観ていない。しかも今回のファンタスティックビーストは2作目だそうで、予備知識がここまで無いまま映画館に来る人は珍しいのだろうなーと思った。結果、とても良かった。主人公のニュートはポワンとしていてあまり強そうではないし、悪者役のジョニー・デップはやはりカッコイイし(ジョニー・デップが出ていることも知らなかった)、悪者の要になりそうなエズラ・ミラーは繊細でちょっと狂気じみた風情があって男前だった。個人的にはニュート役のエディ・レットメインよりもエズラ・ミラーの方が顔は好みで男前だと思う。悪者の方が男前で繊細というのはなんだか切ない気分にさせる。めちゃくちゃブサイクだったらやられていても何ともないけど、繊細で美しい男子が己の苦悩に悶えつつダークサイドに落ちていく様子は、乙女心を捉えるし、エズラ・ミラーはそういった役がピッタリだ。映画の中に出てくる場面で登場人物がダークサイドに落ちていく描写がある。誰もが生まれもって悪者なわけではなく、少しずつ少しずつ闇のカケラを自分の中に溜めて行って、それがマックスにさしかかった頃、ダークサイドへの道を誘導してくれる甘い出来事が起こる。ちなみにダークサイドに落ちる人というのはある種共通点があるように思っていて、それは孤独に囚われた人。孤独に囚われた人は自己顕示欲で自分の存在価値を示そうとする。自分を満たしたいという欲が相手から何かを奪おうとする。ダークサイドに落ちなかった人は逆に自分のためには戦わない。誰か、または何かを守るために戦う。守るためなら自分の命はいとも簡単に投げ出す。ダークサイドは逆に俺かお前が死ななければならないのなら、俺のためにお前が死ねと笑顔で相手を殺めるのだろう。

おもしろがって生きよう

2019年、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。2018年12月の中頃から書きたい書きたいと思いつつ、結局書けずに居りました。1年の振り返りをしたいタイプの人間なのですが気がつけばもうあけましておめでとう。時間が過ぎる早さが本当に、怖い。今年は自分自身で舵をとって進めたいことがあるので、この時間の管理が1つの大きなポイントになることは言うまでもないでしょう。今から既に怖い。まあ頑張りますよ、新しい元号にもなることだし。私は毎年毎年テーマを決めて生きています。目標では無く、テーマです。ちなみに2018年は【変革】でした。美容の世界とは全然関係のないことに意識的に踏み込んで、今まで知らなかった世界を見てみました。驚いたことも沢山あるし、改めて自分の望むものについて気づくこともあったし、自分が嫌だなと思うこともやってみたりして見える世界は広がったなーって思った一年でした。そして自分の弱いとこ、苦手なとこに向き合わないといけない、苦しい一年でもありました。結果、良かった。個人的な見解ですが、自分の弱いところにはなる早で正面から向き合っておくことをお勧めします。長いこと生きれば生きるほど、あまり使い道のない【プライド】とか【自存心】が大きくなりすぎて、傷つかないことばかり選択し続けてしまう。そして年齢を重ねるほどダメージを受けた時の回復には時間がかかる。だからなる早で痛いことは終わらせておくのがいい。逃げたり見ないようにしても結局自分は逃げてることも見ないようにしてることも知ってるから、後々つらくなるのは自分。風邪はひき始めが肝心。

準備は整わない

こんにちは、仁美です。いよいよこれから寒くなるとのこと。過ごしやすい方が良いとは思いつつ、暖かいクリスマスも微妙な気がするし、暖かいおかげで春の花粉が増えても困るので冬はやはり冬らしくしてほしいと思う。冷たい冬の夜はそれはそれで好きだったりする。あの冷えた空気が鼻の奥を通る感じや、シンっと静まり返った真夜中も実はけっこう好きだったりする。あれは夏の夜には無い雰囲気だから。なので、冬は冬らしく。今日、三井住友銀行の窓口に行く用事があって、色々な手続きをした。何もかもペーパーレスで印鑑すらペーパーを必要としない。専用の読み取り機に押し付けるだけで機械が朱肉無しに印鑑を読み取る。今後の手続きの際にも印鑑を持ってこなくて良いように、直筆の署名を3回書いた。筆圧、癖などを総合的に感知し、署名のみで手続きが出来るようになったとのこと。これでもう朱肉は役目を終えたなあ。全てがタッチパネル。持って帰る資料すらほぼない。全てがスマホの中に入っているし、いつでもどこでも手続きが出来る。10年後、あそこにいた銀行員の人数は何人になっているんだろう。もう【ようわからんからええわー】ではやり過ごせなくなってきた感が否めない。それでもまだ私たちが生きている間は窓口のスタッフもいるだろうし、全てがAIにとって代わられるわけではないと思う。むしろもっともっと人はコミュニケーションを必要としていくだろう。自分一人で完結できる事が増えれば増えるほど、人と人との繋がりに価値を見出す人も増えると思う。

変化をのりこなす

こんにちは、仁美です。いよいよ2018年が残り1ヶ月となりました。平成最後の冬が始まります。来年の元号は何になるのでしょう。なんかこう、スカッとした語呂がいいな。ちょっと強さがある感じが。私は昭和59年生まれなのですが、昭和にかなり誇りを持っているのでどんな元号が来ようと昭和推しなのは間違いありません。ですが2019年からは本格的に世の中が変わると思うので、やはり希望としては勢いある元号を期待しています。先日友達から言われてびっくりしました。【来年はまた厄年やからなー】ん?もう終わったんじゃなかった?え?今年34歳。来年35歳。どうやら女性は30代を厄塗れで過ごすようです。31、32、33そして35、36、37。確かに言われてみれば30代女性は色々と変化が起こる時期です。私自身も例に漏れず、色々と心境の変化があります。今34歳ですが、たった4年前の自分とは価値観も考え方もごそっと変わりました。見た目の行動や性質は変わっていないように見えると思いますが、実は常に考え方や物の見方は変化していて、その変化を楽しんでいます。厄年というのは色々と節目の年なんだろうな。確かに体質も変わるし、お肌も変わるし、20代の頃自分の周りを取り巻いていた状況とは全然違うことになっている。